夕方、駅を降りるとものすごい熱気と湿気。
この空気、どこかで嗅いだことがあるな。
突然昔の記憶が浮上する。

20年前のある夕方、私は一人でタイのドンムアン空港に降り立った。
空港から一歩出たとたんに、
ものすごい熱気と湿気に襲われた。
うわっ、これが熱帯の空気か、
と少し感動しながら、
3ヶ月にわたるタイ旅行の一歩を踏み出した。

そのあと鉄道でバンコクに行き、
バスで安宿街に向かったのだが、
バスが地図のとおりに走らない。
まったく位置を見失っている私に、
運転手が「ここだ」と私に告げた。
とりあえず降りたものの周りは真っ暗闇で、宿の明かりなどどこにも見えない。
とりあえず歩こう、と方向もわからず一人とぼとぼと歩いていると、
激しい雨が降ってきた。
傘を持っていなかった私はずぶぬれになり、
右も左もわからないタイの街をさ迷った。
歩いていると、頭から滴る雨に混じって涙が落ちてきた。
なんで自分はこんなところでこんな目にあっているんだ。
誰に頼まれたわけでもないのに、こんなところまでやってきて、
何をやっているんだ。

とにかく大きな道路に出てタクシーをひろおう、
そう思ってある方向にまっすぐ歩いていると、
前方になにやらバーのような店の光が見えた。
よし、あの店で道を聞いてみよう。
店の前にたどり着き、ふと横を見ると、
そこは目的地の安宿街だった。

その後3ヶ月、タイではまったく雨に降られなかった。
その日を境に乾季に入ったのだ。

今日の空気はあのときの空港の外の空気にそっくりだった。
日本も熱帯になったのだろうか。
今日もあのときと同じようにやっぱり雨が降ってきて、
傘を持っていない私は、
やっぱり雨に濡れて歩いた。
今日は、大きなリュックサックではなく、
晩御飯の食材を持って。