「ドイツ写真の現在」感想文集(1)
       ThomasDemand(トマス・デマンド)編
トマス・デマンドの写真といえば「紙」である。
写真だから紙なのはあたりまえじゃねーか、と思ったあなた、
甘い。

作品は、とてもでかい。
プリント一枚が畳よりもでかい。
写っているのは、浴室や空港のゲートやテラスといった普通の光景である。
しかし、なにかがおかしい。
普通にある光景なのに、普通でない。

これらの光景は、すべて紙で出来ているのだ。
トマス・デマンドが作った、原寸大の紙の模型なのだ。
それを写真にとって、巨大なプリントで展示している。
大きいから迫力があるのだが、紙だから安っぽい。
なんかだ変な感じ。

展示を見て受け取る感じは、見ている間にいろいろに変化していく。
その印象が「虚」と「実」の間を往復する。
(1)ありゃー、大きい写真やなー、きれいな色やな。(実)
(2)あれ、なんや、紙かいな。安っぽい質感やなー。(虚)
(3)いや、でもこれ、実際に作った模型やから、実際に存在するんやな。(実)
(4)でも、写真やから実物じゃないんか。(虚)
てな具合である。
さらにこれらの写真には「部屋」とか「浴室」とかいうあっさりしたタイトルしかついていないのだがもう一つ秘密があって、
これらの場所は大きな事件をモチーフにして作られているのだ。
連続猟奇殺人事件やヒトラーの暗殺未遂事件などなど・・・
ここでさらに5つめの印象、
(5)なるほど、実際に起こった事件の現場をモチーフにしているんか。(実)
ともう一つの印象が加わる。

しかしまあ、よく紙でこんなものをつくったなあ。
年を追うごとに作品の作りこみは手が込んできて、
よくぞここまで、と思う。
(6)なんでここまで作りこむんや。ばかばかしい。虚しくないんか。
ということで、さらに「虚」の印象が一つ加わる。
でも、やっぱりきれいやなー、とまた最初の印象にもどり、
(1)〜(6)の間を思考がぐるぐると回る。
このように、虚実が入り混じり、思考を遊ばせるのがトマス・デマンドの写真だ。
というわけで、ばかばかしくも美しいこの写真、
私はけっこう好きなのである。

Thomas Demand

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